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ボッティチェリ

15世紀、フィレンツェの画家でルネサンス絵画の代表的人物。『春』、『ヴィーナスの誕生』で人間美を表現した。

 15世紀、ルネサンス全盛期のフィレンツェ出身の画家(1444~1510)。フィリッポ=リッピとヴェロッキオの工房(アトリエ)で腕を磨き、ロレンツォ=ディ=メディチの愛顧を受け、プラトン=アカデミーにも招かれている。代表作『春』『ヴィーナスの誕生』はともにキリスト教の題材、ギリシア神話を題材としたもので、当時のフィレンツェの思想動向である新プラトン主義と人文主義をよく示している。まさに人間賛歌ともいえるこの二つの傑作は、またルネサンスの華美と頽廃を象徴するものとして、サヴォナローラの批判を浴びた。メディチ家がいったんフィレンツェを追放された後、サヴォナローラが権力を握ると、ボッティチェリもその説に心酔し、画風を全く変えてしまう。そしてサヴォナローラ没落後は再び絵筆をとることなく、寂しい晩年を送ったという。

ボッティチェリの作品

『春』と『ヴィーナスの誕生』 フィレンツェのメディチ家のロレンツォ(イル=マニフィコ)の従弟のために製作されたテンペラ画。『春』はオレンジの実る暗い森の中でヴィーナスを中心にフローラや美の三女神を配し、春の喜びの到来を装飾的に描いている。また『ヴィーナスの誕生』と対になっていて、こちらはヴィーナスが海の泡から誕生した神話を題材にしている。ヴィーナスはローマ神話の「美と愛」の女神(ウェヌス)であり、ギリシア神話でのアフロディーテにあたる。ボッティチェリが、キリスト教の主題ではなく、神話に題材を求めているところに、ルネサンス美術の精神を見ることができる。ただし、ボッティチェリはこのような神話を題材にした絵ばかりを書いていたわけではなく、そのほとんどは他のルネサンスの画家と同じように宗教絵画である。

春
ボッティチェリ 1482 春 フィレンツェ・ウフィッツィ美術館蔵

ヴィーナス
ボッティチェリ 1485 ヴィーナスの誕生 フィレンツェ・ウフィッツィ美術館蔵

Episode 「春」は春画?

 大正11年(1922年)6月、ヨーロッパから帰国したある人がボッティチェリの「春」の複製を持ち込もうとしたところ、税関の役人に没収された、という話がある。大正から昭和にかけて法学者として活躍した末弘厳太郎いずたろうの書いた『嘘の効用』という随筆集に載せられている。イタリアで実際にこの絵をみたことのある末弘は、この話を聞いて没収の理由はたぶん、税関の役人は「春」が輸入禁制品のわいせつ図画であると判断したからだろうが、と述べた上で税関の役人の頭の固さではなく、国家の検閲のありかたの問題として取り上げている。
 日本ではわいせつな浮世絵などを「春画」といっているが、まさかボッティチェリの「春」が「春画」と同列に扱われたわけではないだろう、と末弘厳太郎は嘆いている。人間の美しさを素直に表現したルネサンスの名画も、わずか百年前の日本では春画扱いされたていたことになる。
 末弘厳太郎の『嘘の効用』は大正12年(関東大震災の年)に発表され、広く読まれ名著と言われている。東京帝大教授として多くの法律家を育て、戦後は労働三法の立案などに携わった日本の法学界の重鎮。『嘘の効用』は現在は青空文庫で読むことができる。
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書籍案内

高階秀爾
『ルネッサンスの光と闇』
2018 中公文庫