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タンネンベルクの戦い

第一次世界大戦の東部戦線、ドイツとロシア両軍が衝突、ドイツ軍が大勝した。

 第一次世界大戦のドイツの東側の東部戦線で、1914年8月、ドイツ領東プロイセンに進撃したロシア軍が、タンネンベルクでドイツ軍に敗れた。ロシア軍は当初、ドイツの予想を上回る速さで進撃してきたが、次第に補給と通信の不備が露呈してきて、進撃が停滞した。ドイツの戦線立て直しに派遣された新司令官ヒンデンブルク大将とルーデンドルフ参謀長は、ロシア軍の無線を傍受してその進路を知り、列車で大軍を移動させて、タンネンベルクのロシア軍を急襲して勝利を収めた。このときの戦闘で25万人のロシア兵のうち、12万5千が戦死か捕虜になり、ドイツ側の損害は1万にすぎなかった。タンネンベルクでのロシア軍の敗北は、皇帝政府の威信を著しく落とし、ロシア革命の勃発の警鐘となった。

Episode ドイツ軍の復讐の地、タンネンベルク

 第一次世界大戦でドイツがロシアに大勝したタンネンベルクは現在のポーランド、ワルシャワの北方約150kmほどのにあり、グルンヴァルトという。この地は1410年、ドイツ騎士団団がリトアニア=ポーランド王国軍と戦い、撃破されたところであった。ドイツ騎士団が大敗を喫したこの闘いは、ドイツ人にとって屈辱的なものであり、グルンヴァルトはその後20世紀にいたるまでポーランドとの対決と復讐を象徴する地となった。<志摩園子『物語バルト三国の歴史』2004 中公新書 p.61>
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ノートの参照
第15章1節 ア.第一次世界大戦の勃発