印刷 | 通常画面に戻る |

イッソスの戦い

前333年、アレクサンドロス大王の東方遠征が小アジアの東部に達し、アケメネス朝ペルシアのダレイオス3世軍と直接対決し、破った戦い。

 前333年11月、アレクサンドロスの率いるマケドニアの東方遠征軍が、小アジアの東部に進み、ダレイオス3世の率いるペルシア帝国軍とイッソスで激突した。アレクサンドロスとダレイオス3世が初めて直接対決したこの戦いで、アレクサンドロス軍は激戦の末に勝利し、ダレイオス3世は逃亡した。その後、アレクサンドロス軍は南下し、地中海東岸のフェニキア人の諸都市を制圧してからエジプトに入り、背後を安定させてからペルシア帝国の中心部、メソポタミアに入り、前331年のガウガメラの戦いで決定的な勝利をおさめバビロンに入城する。
違いに注意 イッソスは現在のトルコのシリアとの国境に近い平野。なお、イッソスの戦いと、アレクサンドロス大王死後の後継者たちの争いである前301年のイプソスの戦いとを混同しないようにしよう。イプソスのほうは、トルコ中部のフリュギア地方にある町の地名。でもこれはよく見られる誤りで、本村凌二(東大名誉教授)著『古代地中海世界の歴史』(2012 ちくま学芸文庫 p.134)もイッソスとイプソスをとりちがえている。

アレクサンドロスの勝利

 前年の332年、マケドニアを発って東方遠征を開始したアレクサンドロスは、グラニコス河の戦いで勝利した後、イオニア地方から小アジア内部に侵入し、サルデスを落とし、フリュギア地方の中心都市ゴルディオンに達した。遠征1年目をゴルディオンで迎えたアレクサンドロスは、初夏に出発し、アンカラから南下してタウロス山脈を越える「キリキア門」の隘路のペルシア守備隊を蹴散らして通過し、地中海岸のタルソスに出た。ところがアレクサンドロス自身がキュドノス川での水浴が原因で高熱を発し(急性肺炎にかかったか)、回復するのを待ち、秋口になって海岸沿いにイッソスを過ぎて南下した。
 一方、ダレイオス3世のペルシア軍は8月にバビロンを出発、大部隊が展開しやすい平野でマケドニア軍を迎え撃つ作戦であったが、アレクサンドロスが病気のため進軍が遅れているとの情報を得た。ダレイオス3世は待ちきれず、自ら軍を動かして北方からイッソスに向かった。両軍併せて10万の軍勢が、空前のすれ違いを演じた。
 ペルシア軍が反転してマケドニア軍の背後にせまると、驚愕したアレクサンドロスはただちに北上してイッソスに戻り、両軍はピナロス川を挟んで対峙することとなった。アレクサンドロスは重装歩兵・密集部隊を率いてすばやく川を渡り、続く騎兵がダレイオス3世の本陣に突進した。ペルシア軍の騎兵は狭い場所で戦列を展開できず総崩れとなり、ダレイオス3世はいちはやく逃亡した。ペルシア軍は平野部での戦いをさけ、狭い海岸部での会戦となったことが敗因であった。アレクサンドロスはただちにダレイオス3世を追撃、捕らえることはできなかったが、ダレイオス3世の残した豪華な天幕と見事な調度品と共に、同行していた彼の母、妻、三人の子供を捕虜とした。
 アレクサンドロスはイッソスの戦いでの戦利品を獲得して、それを豊富な資金として財政難を初めて脱することができた。同じ333年晩秋には、アレクサンドロス軍は、ペルシア本土を直接叩く前にその背後を平定しておくため、先にフェニキアからエジプトへと軍を進めた。<森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』興亡の世界史1 2007 講談社 p.118

Episode イッソス合戦図

イッソスの戦い
イッソス合戦図 ポンペイ出土のモザイク画
 アレクサンドロス大王がダレイオス3世と戦っているところを描いてあることで有名な「イッソス合戦図」は、1831年にポンペイで出土した床面モザイク画。現在はナポリ考古博物館蔵。前4世紀末の画家ピロクセノスの原画を前2世紀に模写したもの。
 アレクサンドロス大王は左の馬上の人物で、右の戦車の上から指揮を執っているのがダレイオス3世。アレクサンドロスがダレイオスの陣中深く攻め込んだシーンをとらえている。これがイッソスの戦いの図であることは定説になっているが、アルベラの戦い(ガウガメラの戦い)の図という説もある。<『アレクサンドロス大王東征記』上 岩波文庫 p.386 註>

NewS イッソス合戦図の修復

 2021年1月7日、イタリアのナポリ国立考古学博物館はポンペイ遺跡で発見され、この博物館が所蔵している「アレクサンドロス大王のモザイク」について、1月末から修復作業に入ると発表した。約半年間をかけて修復する予定で、作業の様子を一般公開することも検討しているという。   アレクサンドロス大王のモザイクは、ポンペイ遺跡で見つかったモザイク画の最高傑作の一つで、横約5・8メートル、縦約3・1メートルの巨大な作品。数百万個の石片が使われ、修復作業では、モザイクの表面の汚れを取りのぞいて保護した後、作品の裏側の補修を行う。イタリアの通信会社が提供する特殊な眼鏡をかけることで、裏側の修復作業をしながら同時にモザイクの表面の様子を監視できるシステムも導入する。 → 朝日新聞デジタル版 2021/1/7