オルホン碑文
突厥文字で記された、東突厥が立てモンゴル高原で発見された碑文。730年に唐の玄宗が東突厥の可汗に送った文が刻まれており、19世紀末に解読された。8世紀のユーラシア内陸の遊牧民世界の動きを示す貴重な資料となっている。
Source: Wikimedia Commons (Public Domain)
モンゴル オフ本渓谷にあるビルゲ・カガン記念碑。突厥文字が記されている。
Episode オルホン碑文の発見と突厥文字の解読
オルホン碑文を発見して世界を驚かせたのは1890年、フィンランド人のヘイケルという言語学者だった。なぜフィンランド人がモンゴル高原まで出かけたのか。当時、フィンランドは帝政ロシアの支配を受けていた。民族の独立を願うフィンランド人にとって、民族のルーツがどこにあるのかという問は切実なものがあった。シベリウスが『フィンランディア』を作曲したのもそのような民族意識に根ざしていた。フィン人は※ただし、現在の言語学では、「ウラル=アルタイ語」と一つの語族とする分類は否定されている。
出題
2004年 京都大学 730年代にオルホン河畔に立てられた碑文は突厥の復興を称揚したものである。この碑文を書き送った、当時の中国の皇帝は誰か。解答
玄宗