中国の王朝で五代の3番目。都は汴州。936年に後唐の臣下の石敬瑭が契丹の援助で建てたが、その見返りに燕雲十六州を契丹に割譲。946年、その契丹(遼)に滅ぼされた。
五代の三番目の王朝。
936年、後唐の臣下の石敬瑭(せきけいとう。やはり突厥=トルコ系の人)が、
契丹の援助を受けて建国。その際、後晋は、見返りとして契丹に
燕雲十六州を割譲し、年ごとに金と絹布の贈与を約束した。次の出帝はその約束を守らなかったので、契丹の太宗は後晋の都の
汴州(開封)を攻撃し
946年、後晋を滅ぼした。その翌年、契丹は国号を中国風の遼に改めた。 →
五代十国の争乱