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モルッカ諸島/マルク諸島/香料諸島

東南アジアの諸島部のスラウェシ島東部にある群島。香料諸島とも言われ、丁字などの香辛料が豊富に産する。始めポルトガルが進出、次いでオランダ・イギリスが争い、1623年のアンボイナ事件でオランダの支配が確定した。

 モルッカ諸島は正確にはマルク諸島という。最近は概説書もマルク諸島と表記する者が多くなっている。東南アジア島嶼部の、スラウェシ島とニューギニア島にはさまれた赤道直下の海域に点在する。現在はインドネシア共和国に属する。香辛料の中でも丁子(丁香、クローブのこと)と肉ずく(ナツメグのこと)の原産地でここでしかとれない、貴重な香辛料(香料とも言う)であったので香料諸島(香料と香辛料は厳密には違うが、ここでは香辛料の取れる島という意味で使っている)と言われ、ポルトガルとスペインはいずれもこの地の香辛料の独占を図って競合した。 → 香辛料貿易

ポルトガルの進出

 まずポルトガルアルブケルケ1511年マラッカに進出して拠点を作り、翌年部下を東インド諸島遠征に派遣した。副司令のセルランはジャワ島の北岸を通ってバリ島、フローレス島をめぐった後に北上し、アンボイナ島などを経てバンダ諸島まで行ったところで難船して、現地人の船に助けられてモルッカ諸島の一つテルナテ島へ連れていかれた。これがポルトガル人のモルッカ諸島に到達した最初である。当時テルナテ島の王は南のティドール島の王と戦っていたので、セルランはその軍師となり、信用を得て王に認められ、ポルトガル船の来航を要請された。こうして1514年から商船を派遣し始め、1521年にはその島に要塞を築くことを認められ、さらに翌1522年にポルトガルはモルッカ諸島のテルナテ島のスルタンから、香辛料貿易の独占権を認められた。

スペインの進出と撤退

 一方スペインは、西回りでモルッカ諸島に到達することを目指し、1519年マゼランを派遣、その船団の一部がようやく1521年にモルッカ諸島の一つティドール島に到達した。しかし、スペインから西回りでモルッカに至るには大西洋と太平洋という二つの大洋を横断する必要があり、また帰路は東風の貿易風に遮られて進めず、結局モルッカ諸島を放棄、1529年サラゴサ条約でポルトガルに譲渡した。

オランダ・イギリスの進出

 モルッカ諸島へは、17世紀にはいるとオランダ東インド会社が進出、ポルトガルの勢力を追い出し、アンボイナ島に商館を建設した。しかし、次いでとイギリス東インド会社も進出し、両社の利害は鋭く対立するようになった。
 1623年には、武装した両社が衝突、アンボイナ事件が起こった。この事件はオランダ側が優勢に展開され、イギリスは以後、香料貿易から後退を余儀なくされた。その結果、東南アジア島嶼部におけるオランダの覇権が確立し、イギリスは専らインド経営に力を注ぐようになる。

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