再版農奴制
16世紀以降も東ヨーロッパで農奴制が強化されたこと。現在では「再版」ととらえるより、18世紀における農業革命の一面と捉えられるようになっている。
エルベ川以東の東ヨーロッパでは、封建的な領主層が残り、彼らによる農場領主制(グーツヘルシャフト)が維持されていたが、16世紀に西ヨーロッパが世界経済の中核部分として発展し、人口が急増すると、穀物需要が増大したため、農奴に対する支配を強化して増産に努めた。そのような西ヨーロッパ向けの商品作物としての穀物の生産に特化したグーツヘルシャフトにおいて強化された農奴制を再版農奴制という。ウォーラーステインの「近代世界システム」論では、「世界経済」の「辺境」における労働管理の形態とされる。
イギリス北西ヨーロッパの農業革命という動きは、技術改良や農法の変化などの動きにはじまり、19世紀には肥料の変化や家畜の飼料の変化へと発展し、農業全体の機械化に及んだ。農業の生産性はヨーロッパの長い歴史においてやっとといっていいだろうが、大きく進歩していった。19世紀なかば以降に本格化する鉄道など交通機関の発達は、農産物の市場を大きく広げ、こうした農業もまた、工業化の展開の中で変化を遂げていくこととなる。
ただし、このような展開は、ヨーロッパ内部においては、たいへん大きな偏差をともなっていた点に注目する必要がある。たとえば、北西ヨーロッパにおいて、18世紀から農業革命といわれる変貌の中で農業の再規模化が開始されていたころ、東のロシアでは、農奴制がむしろ強化されるかたちで、大規模な農業が営まれていた。
最近の見方の変化
「再版農奴制」については、現在の歴史学では異なった見解が一般的になっている。それに関して手頃な概説書『近代ヨーロッパ史』(2005 福井憲彦)では次のように説明されている。イギリス北西ヨーロッパの農業革命という動きは、技術改良や農法の変化などの動きにはじまり、19世紀には肥料の変化や家畜の飼料の変化へと発展し、農業全体の機械化に及んだ。農業の生産性はヨーロッパの長い歴史においてやっとといっていいだろうが、大きく進歩していった。19世紀なかば以降に本格化する鉄道など交通機関の発達は、農産物の市場を大きく広げ、こうした農業もまた、工業化の展開の中で変化を遂げていくこととなる。
ただし、このような展開は、ヨーロッパ内部においては、たいへん大きな偏差をともなっていた点に注目する必要がある。たとえば、北西ヨーロッパにおいて、18世紀から農業革命といわれる変貌の中で農業の再規模化が開始されていたころ、東のロシアでは、農奴制がむしろ強化されるかたちで、大規模な農業が営まれていた。
(引用)しばらくまえまで歴史学では、この時期における東ヨーロッパでの農奴制強化のことを、再版農奴制といっていた。しかしこれはどうも、中世に農奴制があってそれが近世までにすたれ、再度復活したとする、西ヨーロッパに軸をおいた見方のようである。というのは、東ヨーロッパにおいては、この時期にこそ農奴制が確立したのだ、といえるからである。この農奴制は、すでに穀物輸出という、国際商業の展開を視野に置いたうえで強化されたものであった。したがって、この時期の世界の資本主義的な経済展開の内部に組み込まれていた、といえる。ただし、工業化に向かって進んでいる地域の経済にたいしては、従属的な位置にあった、ということもたしかであった。<福井憲彦『近代ヨーロッパ史』(2010 ちくま学芸文庫 p.138 初刊2005 放送大学教材>ロシアの農奴解放は、制度的には1861年にの勅令によって実現したが、それによってすぐに近代的な農業経営や、西ヨーロッパのような自由な労働市場にはつながらなかった。それでも、その後のロシアにおける資本主義の一つの基盤となったと見なされている。