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ウマイヤ=モスク

ダマスクスにある、ウマイヤ朝時代の8世紀に作られた最古のモスクの一つ。モスクとしての最大規模を持ち、イスラーム検知器の代表例となっている。一部にはビザンツ様式の壁画が残されており、その後もたびたび火災や戦災に遭ったが、現在もほぼ残されている。

ウマイヤ=モスク

 ダマスクスにはローマ時代からの遺跡が多いが、中心にあるのは、ウマイヤ朝カリフ・ワリード1世が建設したウマイヤ=モスクである。706~714年に建造されたもので、イスラーム世界の最古のモスクの一つとされている。高さ20m、東西157m、南北100mの巨大なモスクである。
 もともと、イスラーム以前のビザンツ帝国時代の、ギリシア正教の聖ヨハネ教会の一部を転用したものであるので、壁面のモザイク壁画にはビザンツ様式の伝統が継承されており、モスクらしくない雰囲気が感じられる。その後、11世紀にセルジューク朝の時に改築され、さらにその後に火災にあい、20世紀に再建されたのが現在見ることのできる建物であるが、初期のモスクであると当時にビザンツ様式の壁画も残されているので貴重な建造物と言える。現在、古都ダマスクスとして世界遺産とされており、ウマイヤ=モスクはその中心的施設となっている。
ウマイヤモスク
ダマスクスのウマイヤモスク

Source: Wikimedia Commons (Public Domain)

ウマイヤモスク内部
ウマイヤモスク内にある聖ヨハネ礼拝堂

Source: Wikimedia Commons (Public Domain)


ウマイヤ朝カリフ、ワリード1世による大改修

 アラブ人がダマスクスを占領したとき、ムスリムは町の神域にあった聖ヨハネ教会の敷地の一部を礼拝所として用いた。その後、ウマイヤ朝カリフ政権の都となり、ムスリム人口が増大するとともに、この仮設モスクでは手狭になってきた。カリフは聖ヨハネ教会を買収しようとしたが、司教は、かつてムスリムがダマスクスを征服したとき、この教会はキリスト教徒の手に残すと約束していたとして、買収に応じなかった。そしてこの教会を破壊した者は狂人になるという言い伝えがあると言って抵抗した。
 第6代カリフは業を煮やし、706年に教会の没収、破壊を決意した。カリフは自ら教会の塔に上り「異教徒どもは、最初にこの教会に手をつけた者は狂人になるなどと申しておる。では、私がまず神のために狂人になろう」と語ると、建物に斧を振り下ろしたという。こうして教会は破壊され、モスクに変わった。<羽田正『モスクが語るイスラム史―建築と政治権力』ちく2016 ま学芸文庫 p.63-64 初刊は1998中公新書>
 706年から9年間かけて新しく建設されたモスクは、古代ローマ時代の神域全体を敷地とする大規模なもので、建設を命じたウマイヤ家カリフにちなんでウマイヤ=モスクとよばれることになる。その後、1300年以上の年月で、火災などの被害があり、そのたびに修復を重ねたが、大改修時の規模は残されている。
 建物はモスクとしての最大規模を有し、おそらく設計・建設にギリシア系工人もくわわったであろうことを想定させるように、ビザンツ様式も加えられた凝りった造りになっている。建物本体の魅力とともに、ウマイヤ=モスクの最大の特徴は豪華な装飾が挙げられる。白大理石に覆われた壁面には金色をふんだんに使った美しいモザイク壁画で装飾されている。
 このウマイヤ=モスクは、これまでの簡素な礼拝所としてのモスク建築から、壮麗な大建築としてのモスクが主流となった8世紀の変化を、メディナの預言者のモスクとともに示している。ウマイヤ=モスクについての解説は<羽田正『モスクが語るイスラム史―建築と政治権力』ちく2016 ま学芸文庫 p.63-71 初刊は1998中公新書>に詳しい。