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ダマスクス

シリアの中心都市で古代のアラム人の交易都市として始まり、イスラーム勢力支配後はウマイヤ朝の都となる。その後マムルーク朝、オスマン帝国の支配などを経て、現在はシリアの首都。

ダマスクス YahooMap

 ダマスクス Damascus は、シリアの中心都市。ダマスカス、あるいはダマスコと表記されることも多い。前10世紀、アラム人の国の都として建設され、その後も西アジア交易の中心地として栄える。前732年にはアッシリア帝国に征服された。その後、ペルシア帝国、アレクサンドロス帝国、セレウコス朝、ローマ帝国、ササン朝ペルシアの支配を受けた。


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ダマスクス(2)イスラーム化後

ウマイヤ朝の都

 7世紀の初めにアラブ人の勢力が及び、ササン朝ペルシア滅亡後は、ウマイヤ家のムアーウイヤがシリア総督として635年にダマスクスに入り、統治していた。661年、ムアーウイアがウマイヤ朝を創始すると、その首都となって繁栄した。
 ウマイヤ朝時代のダマスクスを代表する建物が、8世紀の初めにカリフ・ワーリド1世が建造したウマイヤ=モスクで、ビザンツ様式のギリシア正教の教会の一部を利用して立てた、イスラーム世界最古のモスクと言われている。
 ウマイヤ朝滅亡後も、東西交易の中継基地としての経済的な重要度は変わらず、さらにイスラーム世界の宗教的・政治的な面でも重要な都市として存続し、11世紀には小アジアからセルジューク朝が進出し、その支配をうけることとなる。

ザンギー朝とアイユーブ朝

 十字軍の侵攻が続く中、12世紀中ごろ、セルジューク朝の衰退に変わって、トルコ系スンナ派のザンギー朝が、ヌールッディーンの時にダマスクスに無血入城し、シリアを統一した。ザンギー朝は1144年に十字軍国家の一つのエデッサ伯領を滅ぼし、さらに第2回十字軍を撃退した。ザンギー朝の部将であったクルド人サラーフ=アッディーン(サラディン)がカイロで自立しアイユーブ朝を建て、ついでダマスクスを占領してザンギー朝を倒し、シリア・エジプトにまたがる支配を樹立した。

モンゴルとティムール

 13世紀の中ごろモンゴル帝国のフラグが西アジアに遠征、ダマスクスも占領されたが、1260年のアインジャールートの戦いでマムルーク朝のバイバルスがモンゴル軍を破り、ダマスクスもマムルーク朝の領土となる。
 マムルーク朝時代の1401年には、中央アジアから急膨張したティムールが侵攻し、一時占領され、大々的な破壊を蒙った。

オスマン帝国領になるまで

 マムルーク朝は1517年にオスマン帝国に滅ぼされ、それ以後、ダマスクスはその支配下の一都市として続く。

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ダマスクス(3)近代・現代

 近代ではオスマン帝国の支配が続き、第1次世界大戦中の1918年にメッカの太守ハーシム家のフセインがイギリスの支援でダマスクスに入り、ヒジャーズ王国の建国を宣言した。しかし、戦後はフランスの委任統治領シリアとなり、フセインの子のファイサルはシリア王国の独立を宣言したがフランスに排除された。1943年に独立した現在のシリア=アラブ共和国の首都であり、西アジアの政治、文化の中心地の一つである。

世界遺産 古都ダマスクス

 1979年、ダマスクスは古代都市として世界遺産に登録された。イスラーム文明よりも以前の、約3000年前にアラム人が作った都市に始まり、永く中東の商業の中心として栄え、8世紀以降はウマイヤ朝の都としてイスラーム世界の中心地としての歴史を今に伝えている。中心のウマイヤ=モスクは、モスク建築の中でも最も古いものの一つで、イスラーム教の重要な聖地でもある。 → ユネスコ世界遺産センター Ancient City of Damascus
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