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ヒジャーズ王国

1918年、アラビア半島西部に生まれたフセインを国王とするアラブ人の国家。わずか7年で崩壊した。

ヒジャーズ王国旗
ヒジャーズ王国のアラブ統一旗
 1918年から1924年までダマスクスを首都として存在したアラブの統一国家。イスラーム世界の聖地であるメッカの太守(総督)フセインが、フセイン=マクマホン協定の密約に基づき、1916年にイギリスの支援のもと、オスマン帝国に対する反乱を起こし、アラビア半島のヒジャーズ地方(紅海沿岸、聖地メッカメディナを含む)を中心に、パレスチナ・シリアを含む地域を支配し、1918年に大アラブ国家として建国した。都はダマスクスに置かれた。しかし大戦後は、イギリスとフランスはパレスチナ・シリアを分割して委任統治とし、アラブの統一はならなかった。また、ヒジャーズ地方も1924年に半島中央部ネジド地方のリヤドから起こったサウード家のイブン=サウードによって併合され、ヒジャーズ王国は滅亡した。
 イブン=サウードは新たなアラビア半島の統一国家をヒジャーズ=ネジド王国と称したが、1932年に「サウード家の国家」という意味のサウジアラビア王国に改称した。

Episode アラブの統一旗

 1916年、オスマン帝国からの独立とアラブの統一を掲げて挙兵したフセインの軍は、アラブ統一旗として黒・白・緑・赤の4色からなる旗を掲げ、ヒジャーズ王国成立後はその国旗とした。この旗はヒジャーズ王国崩壊後も、アラブの統一というアラブ民族主義者の掲げる運動の象徴となり、その後独立を達成したアラブ諸国の国旗のモチーフとなった。現在のシリア、イラク、クウェート、ヨルダン、エジプト、イエメン、スーダン、アラブ首長国連邦、パレスチナ暫定自治機構などはいずれもこの国旗をもとにしている。また1947年に登場したバース党も、この旗をアラブの解放と統一のシンボルとして掲げた。それぞれの色の意味するところは国によって異なるが、白と黒はムハンマドが用いた二つの旗――白はクライシュ族のターバンの色で神を象徴し、黒は聖戦で戦死した戦士への哀悼を意味した。またウマイヤ朝は白旗を掲げ、アッバース朝は黒旗を掲げた――、緑は4代目カリフのアリーが用いたという緑の外套が始まりで、生命や大地を意味し、赤はメッカの世襲首長でムハンマドの曾祖父から出たハーシム家の色で、後にはオスマン帝国の王朝色となった聖戦の象徴だという。<辻原康夫『図説 国旗の世界史』 2003 河出書房新社 p.40>
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ノートの参照
第15章1節 イ.戦時外交と総力戦