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ワスプ/WASP

イギリス系白人でプロテスタントと言う、アメリカ社会の中枢を為す社会層。この層がアメリカ社会で優位に立つべきであるという思想が、黒人やインディアン、さらに南欧・東欧系、アジア系移民を低く見る人種主義がアメリカで根強い。

 WASP(ワスプ)とは、White, Angro-Saxon, Protestant の頭文字をとった略称で、白人でアングロ=サクソン系プロテスタント信者であること。アメリカ合衆国建国の主体となったイギリスからやってきた人びとの子孫であり、中・上層階級を形成している人びとを言う。プロテスタントとはイギリス国教会から迫害されて、アメリカ大陸のニューイングランドに移住したピューリタンが最も多く、主流となった。

イミグラントとエミグラント

 アメリカ大陸東海岸にイングランド各地から移住した渡来者は、当初は「コロニスト」(植民者)とか「セトラー」(定住者)と呼ばれた。彼らの数世代の子孫たちが、1776年に独立宣言を行い、1788年に正式にアメリカ合衆国を発足させてからやってきた新来者が「移民」(イミグラント)である。イミグラントという言葉は1789年にアメリカで最初に使用されたアメリカ語である。それまであったエミグラントという言葉は他国へ流出する人々を意味し、それにたいしてイミグランとは他国から自国に流入してくる人々に対して、これを受け入れる側の国民の立場から呼んだ言葉である。

WASPと移民

 アメリカ合衆国の後にやってきたヨーロッパ系移民は、白人社会の一番下層に位置付けられた。次々に移民が押し寄せると、先に来ていた集団ほど地位が押し上げられていく。そしてアメリカ全体がイギリス的な性格を持っていたから、19世紀にやってきた者も含めてイギリス系は有利な立場に置かれ、アメリカの支配層が「WASP(ワスプ)」すなわちホワイト・アングロサクソン・プロテスタントであるとされ、ワスプでない人々はワスプを手本とすることがアメリカ社会に溶け込む最善の道だと感和えられるようになった。
 但し現実にはワスプという言葉の用法はあいまいで、スコットランド系やウェールズ系、つまりケルト系もグレートブリテン島から来た者を含んだり、成功したものであればオランダ系やドイツ系、北欧系でも北西ヨーロッパのプロテスタント系移民の子孫も指して使われる。
 ワスプからなる上流階級の男子は、アイビーリーグ※①の一流大学や東部の小さなエリートのカレッジ、女子の場合はセヴン・シスターズ※②として知られる東部の七女子大で学んだ。弁護士や医者などのエリート、議会や裁判所、実業界、軍の中枢はワスプで占められることが圧倒的に多かった。しかし、現代のアメリカではワスプの支配は急速に崩壊しつつあるのも現実だ。<野村達朗『「民族」で読むアメリカ』1994 講談社現代新書 p.36-38>
※① ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルヴェニア大学、プリンストン大学、イェール大学
※② バーナード・カレッジ、ブリンマー大学、マウント・ホリヨーク大学、スミス大学、ウェルズリー大学、ヴァッサー大学(現在は男女共学)、ラドクリフ・カレッジ(現在はハーバード大学に統合)

非WASPの増加

 イギリス系および北欧系はWASPとしてアメリカ社会で多数を占めていたが、南北戦争後は南部のアフリカ系アメリカ人も次第に増加し、さらに20世紀初頭からは、非WASP、つまりイタリアや東欧からの移民が増加した。これらの新移民はカトリックであることから異なった文化を持ち、独自の社会を形作っていった。
 第一次世界大戦前後にアメリカ合衆国の経済が繁栄する中で、次第にWASPと非WASPの間の対立が表面化し、1924年の移民法制定へとなっていく。
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書籍案内

野村達朗
『「民族」で読むアメリカ』
1992 講談社現代新書