トゥキディデス
前5世紀後半、古典期ギリシアのアテネの歴史家。ペロポネソス戦争の時代の歴史『戦史』を著述した。ヘロドトスの物語的歴史記述に対し、厳密な史料批判の上で歴史を記述した。
前5世紀後半のアテネの歴史家で、ほぼ同時代のペロポネソス戦争についての記録である『戦史』(『歴史』ともいう)を著した。その筆致は厳密・冷静で、客観的な歴史叙述が特徴となっている。初めは将軍としてトラキア遠征軍を指揮したが失敗し、責任を問われて亡命生活にはいる。前404年、アテネの無条件降伏でペロポネソス戦争が終わった後、アテネに戻り、ペロポネソス戦争の歴史の記述にあたったが、前411年までの記述で未完に終わり、前400年頃に死去した。
彼の名前 Thukydides の表記は原音に近いのはトゥーキュディデースであろうが、トゥキュディデス、ツキジデスなどまでさまざまである。現在は教科書での表記 トゥキディデス でよさそうだ。
アメリカの国際政治学者グレアム・アリソンは、現代のアメリカと中国の対立が戦争に行き着くのは不可避なのか、もしそうなら戦争を避ける事はできるのか、という問いを立てて検証し、2017年に「Destined for War」(邦題『米中戦争前夜』)を出版した。彼はトゥキディデスがペロポネソス戦争の歴史を分析した『戦史』に答えを見出し、「トゥキディデスの罠」thucydidess-trap という表現で議論を展開した。<グレアム・アリソン/藤原朝子訳『米中戦争前夜』2017 ダイヤモンド社>
「トゥキディデスの罠」とは何か。グレアム・アリソンは次のように言っている。
ただし、「トゥキディデスの罠」を現在の米中関係に適用することについては批判、反論もある。21世紀の中国とアメリカの関係は、アテネとスパルタの対立の経緯とはかなり違う。そのことを踏まえて議論すべきであろう。
→ ハーバード大学のアリソン教授の『Destined for War』についてはこちらに解説がある。Harvard Kennedy Scoool
「トゥキディデスの罠」に陥らないために この研究成果は国際政治学界で大きな話題となり、現在の国際関係論の議論の中でしばしば取り上げられるようになっている。まさにパワーポリティクスの世界においては、覇権国とその同盟国にとって「トゥキディデスの罠」は避けなければならない、と考えられるようになった。「戦争は不可避だ」ときめつけて煽るのではなく、古代のトゥキディデスの説く反省から、回避の道筋を考えるべきであろう。ましてや日本はまさに100年前、覇権国家たらんとして軍備を増強し、中国、そしてアメリカとの戦争に突入して悲惨な敗戦に至ったという経験をしている。そこから多くの反省点、戦争回避の方策を引き出すことが出来る。
同時に世界史の学習では、ペロポネソス戦争についての正確な知識が必要になる。「トゥキディデスの罠」の提唱以来、歴史学界でもペロポネソス戦争への関心が高まったようだが、対立した二大国のアテネとスパルタについてみたとき、資料的制約もあって日本では圧倒的にアテネ側から見ることが多い。スパルタについては軍国主義や「スパルタ教育」といったステレオタイプな説明が多いのが現状だ。スパルタの実情はどうだったのか、最近関心が高まっているようだが、2024年刊行の長谷川岳男『スパルタ 古代ギリシアの神話と実像』文春新書が手引きになろう。
彼の名前 Thukydides の表記は原音に近いのはトゥーキュディデースであろうが、トゥキュディデス、ツキジデスなどまでさまざまである。現在は教科書での表記 トゥキディデス でよさそうだ。
「トゥキディデスの罠」
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グレアム・アリソン |
「トゥキディデスの罠」とは何か。グレアム・アリソンは次のように言っている。
(引用)トゥキディデスが『ペロポネソス戦史』を書いたのは、何十年も平和的に共存してきた国々が、いつの間にか壊滅的な戦争に陥っていった理由を、後世の人間が理解できるようにするためだ。近因に注目する者が多いなか、 トゥキディデスは問題の核心に切り込んだ。スパルタとアテネが停戦を破った原因について、まず彼らが互いに抱いていた不満の原因と、彼らの利益が衝突した具体的な例を挙げたうえで、「こうした議論は、戦争の本当の原因をぼやけさせる」と書いている。<p.48>『ペロポネソス戦史』 それではトゥキディデスは戦争の根本的な原因はどこにあるとみたか。
(引用)戦争を不可避にしたのは、「アテネの台頭と、それによってスパルタが抱いた不安だった」とトゥキディデスは書いている。私はこの現象を「トゥキディデスの罠」と名づけた。新興国が覇権国に取って代わろうとするとき、大きな構造的ストレスが生じる。そのような状況下では、予期せぬ大事件だけでなく、よくある外交上の火種さえも、大戦争の引き金になる恐れがある。 (中略)アリソン教授の率いるハーバード大学ベルファー科学・国際問題研究所の研究チームは、ペロポネソス戦争だけでなく、過去500年の間に起こった覇権争奪をめぐる16件の大きな衝突を取り上げ、その原因を究明した結果、戦争にいたった12件までが「トゥキディデスの罠」で説明できるとの結論に達した。<同上書 日本語版序文 船橋洋一の文より>
アテネとスパルタはペルシア戦争で手を組み、お互いの戦争を平和的に管理し、衝突の芽をうまく摘んできた。「30年平和条約」はその努力のひとつだ。アテネもスパルタも、互いの文化や政治体制、国益が大きく異なることが、激しい競争を避けられなくしていると気づいていた。同時に、戦争になれば大惨事になることも理解している。戦争をせずに互いの利益を守る方法を見つけなければならない、と考えていた。
それなのになぜ、アテネとスパルタは戦争を始めたのか。600ページからなる『ペロポネソス戦史』は、その経緯を詳しく教えてくれる。ギリシアの二大都市国家と、弱小国家(メロス、メガラ、ケルキラなど)の外交を描いた部分は、国家運営について有益なヒントをくれる。だが、『ペロポネソス戦史』の柱となるのは、アテネとスパルタを衝突に向かわせた引力のようなもの、すなわちアテネのがむしゃらな台頭と、それがみずからの覇権を傷つける、というスパルタの焦りだ。つまり『ペロポネソス戦史』は「トゥキディデスの罠」を主題としており、古代ギリシャの二大国家が賢明な回避努力をしたにもかかわらず、その罠にはまってしまった経緯を描いている。<p.48-49>
ただし、「トゥキディデスの罠」を現在の米中関係に適用することについては批判、反論もある。21世紀の中国とアメリカの関係は、アテネとスパルタの対立の経緯とはかなり違う。そのことを踏まえて議論すべきであろう。
→ ハーバード大学のアリソン教授の『Destined for War』についてはこちらに解説がある。Harvard Kennedy Scoool
「トゥキディデスの罠」に陥らないために この研究成果は国際政治学界で大きな話題となり、現在の国際関係論の議論の中でしばしば取り上げられるようになっている。まさにパワーポリティクスの世界においては、覇権国とその同盟国にとって「トゥキディデスの罠」は避けなければならない、と考えられるようになった。「戦争は不可避だ」ときめつけて煽るのではなく、古代のトゥキディデスの説く反省から、回避の道筋を考えるべきであろう。ましてや日本はまさに100年前、覇権国家たらんとして軍備を増強し、中国、そしてアメリカとの戦争に突入して悲惨な敗戦に至ったという経験をしている。そこから多くの反省点、戦争回避の方策を引き出すことが出来る。
同時に世界史の学習では、ペロポネソス戦争についての正確な知識が必要になる。「トゥキディデスの罠」の提唱以来、歴史学界でもペロポネソス戦争への関心が高まったようだが、対立した二大国のアテネとスパルタについてみたとき、資料的制約もあって日本では圧倒的にアテネ側から見ることが多い。スパルタについては軍国主義や「スパルタ教育」といったステレオタイプな説明が多いのが現状だ。スパルタの実情はどうだったのか、最近関心が高まっているようだが、2024年刊行の長谷川岳男『スパルタ 古代ギリシアの神話と実像』文春新書が手引きになろう。
NewS トランプ-習近平会談 「トゥキディデスの罠」に言及
2026年5月14日、訪中したトランプ大統領を迎えた習近平総書記は、この「トゥキディデスの罠」をとりあげ、米中戦争の回避を呼びかけ(というより脅し)たという。中国の指導者が「トゥキディデスの罠」に言及したことは驚きだが、それだけ国際関係論の中でこのことばが定着していることを示している。しかし、権力者の言葉遊びだけにしてほしくない、という感想を持った。<2026/5/15記>戦史
トゥキディデスが著したペロポネソス戦争を中心とした歴史書。『ペロポネソス戦史』であるが、『歴史』とも表記。選考するヘロドトスの『歴史』が、神話や伝承も多く取り入れ「物語り風の歴史」とされるのに対して、トゥキディデスは事実を重視し、戦争の経緯を正確に描きながら、その原因は何であったかを検証している「実証的な歴史」書である。