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仰韶文化

中国の黄河中流域の仰韶遺跡を基準とする新石器文化。彩陶土器が特徴であり、前5000年紀から前4000年紀半ばの新石器時代前期にあたる。

 1921年、スウェーデン人のアンダーソンが発掘した黄河中流域の河南省北部の仰韶ぎょうしょう(ヤンシャオ)遺跡から名付けられた、華北の黄土地帯にあり、中国の新石器時代にあたる、黄河文明の指標的な遺跡とされている。
 特徴は赤褐色の地に紅、黒、白などの顔料で幾何学模様を描いた彩文土器(彩陶)であるので彩陶文化ともいう。代表的な遺跡は他に半坡遺跡などがあり、前5000年から4000年頃、黄河流域に形成された新石器文化の前期に当たる文化とされている。人々はキビ、ヒエ、アワなどの雑穀を栽培し、彩陶(彩文土器)、磨製石器を使用し、竪穴住居で生活していた。
 仰韶文化に続く、新石器時代後期の文化は竜山文化といい、黒陶土器を基準としている。

仰韶遺跡と仰韶文化

 もともと「仰韶」は単なる遺跡のある地名であり、その遺跡に見られる文化を狭い意味で「仰韶文化」ということもあるが、現在では中国の新石器時代前期を代表する遺跡として位置づけられているので、「仰韶文化」はさらに広い意味で用いられている。ただ、新石器文化前期を総合して仰韶文化とする場合と、新石器文化前期に見られる地域的文化の一つとみる違いがあるようだ。現在では、仰韶遺跡以外にも多くの新石器前期の遺跡が報告され、仰韶遺跡のみを重視することはなくなっている。
 現在では中国の新石器時代は一般的に前6000年頃に始まり、前3500年~2600年頃を境にして、それ以前を仰韶文化(仰韶期)、それ以後を竜山文化(竜山期)とすることが多い。それぞれがさらに細分化され、仰韶文化期には黄河中流域に半坡はんぱ文化があり、さらに長江流域には河姆渡文化などで稲作農業を行っていたこと知られている。