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西域都護

前漢から西域統治のために設けられた機関。

 前漢時代の前59年に設けられた、西域統治のための機関である西域都護府の長官。前漢では烏塁城に置かれ、統治全般と屯田経営、東西交易の管理などを行った。
 一時断絶したが、後漢では91年に復活し、班超が西域都護に任命され、都護府を烏塁城の西のクチャ(亀茲)に置いた。班超は西域都護としてその統治領域を拡大し、97年には部下の甘英を大秦国(ローマ)に派遣した。なお、西域都護は107年に廃止され、唐代には亀茲(クチャ)に安西都護府が設けられる。
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