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弥勒仏/弥勒信仰/下生信仰

仏教で未来に衆生を救済する仏とされ、白蓮教などの信仰の対象となる。弥勒仏が現れて民衆を救済するという弥勒信仰は下生信仰とも云い、明清時代に民衆に広がり、清末には白蓮教徒の反乱が起こった。

 弥勒仏は、仏陀(釈迦)の入滅(死去)の56億年7千万年をへて、その教えが滅尽するときに、この世に現れて仏陀の教えを再興し、衆生(大衆)を済度(救済)する未来仏とされた。この弥勒仏を信仰することを弥勒信仰、または弥勒仏が現世に現れることを下生げしょうというので下生信仰とも云う。12世紀の南宋末から中国の民衆のなかにひろがった弥勒信仰は、一種の救世主待望であり、現世に不満を持つ民衆の心をつかみ、しばしば農民反乱と結びついて大きな勢力となった。そのため権力からは邪教とされて弾圧されたので、信者は秘密結社を作って信仰を守った。

白蓮教とその反乱

 元朝の時代の末期には、もともと浄土信仰から興った白蓮教の教団と、弥勒下生の信仰が結びつき、元末の社会不安の中で、白蓮教徒が反乱を起こし、紅巾の乱といわれる大反乱に転化した。
 の末期の1351年に紅巾の乱を起こした白蓮教のリーダー韓林児(韓山童の子)は、自ら弥勒菩薩の化身であり、宋王朝の子孫と称していた。白蓮教はペルシア起源の摩尼教の影響を受け、世界を光明と暗黒の二世界にわけ、明を理想としたので「明教」ともいわれ、韓山童は「明王」、その子の韓林児は「小明王」と称した。白蓮教徒であった朱元璋が混乱を平定して建てた国を「明」としたのもそれに依っている。

大乘仏教と弥勒信仰

 ブッダ(=釈迦)と聞くとガウタマ=シッダールタという実在の個人の名前と思いがちだが、ブッダという語は本来は「覚ったもの(覚者)」の意味の普通名詞であった。初期経典にブッダの複数形はめずらしくなく、如来(真理体現者)という語も同様であった。しかしブッダも如来も次第に釈尊に収斂されていった。初期仏教から部派仏教へと進み、さらに伝統保守を自認する南伝仏教は釈迦仏のみの一仏を守り続け現在に至っている。
 それにたいして大乗仏教では、釈迦仏とは異なる仏をたて、広く信者を獲得した。大乗諸仏は、従来の「さとり-解脱」のブッダに対して、一種のブッダ観の転換がみられ、救済仏としての働きをもつようになった。諸仏の中で代表的ななのが、弥勒仏、阿弥陀仏、薬師如来、毘盧遮那仏などである。阿弥陀仏は過去世の衆生を救済することを請願し西方浄土(極楽)に住む過去仏、釈迦仏は現世の救済のために現れて人々を救済する現世仏であるのに対して、弥勒仏は現在はトゥシタ(兜率)天にあり、この地上には釈迦入滅後の56億7千万年後に現れる未来仏として信仰されるようになった。現在も仏教寺院には阿弥陀仏、釈迦仏、弥勒仏を過去、現世、来世の三世のいずれにおいても人を救済する三世仏として祀られることが多い。

弥勒菩薩

 大乗諸仏の代表である弥勒は原語のマイトレーヤの漢訳であるが、それはミトラに由来する。ミトラはイランのミスラ神やインドの一般のミトラ神とつながる。また普通名詞のミトラは親友を意味し、そこから派生したマイトラは友情・親切をあらわす。弥勒仏は仏弟子のひとりであったが現在は兜率天にあってまだ人を救済することが出来ないので、仏の中では真理体現者である如来よりも一段低い菩薩(やがて人を救済することの出来る修行中の仏。観音菩薩、地蔵菩薩などと同じ)であるので、通常は「弥勒菩薩」とされる。弥勒仏に対する信仰は、地上にあって苦悩する凡夫が死後に弥勒のいる兜率天に生まれること(上生)を願うことと、弥勒仏の速やかな現世への下向(下生)を祈ることの二種の信仰が弥勒経典に説かれるようになった。<以上、三枝充悳『仏教入門』1990 岩波新書 p.46,131-133 によって構成>
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三枝充悳
『仏教入門』
1990 岩波新書