ギゾー
七月王政期のフランスの首相。労働者の普通選挙要求運動を弾圧し、1848年の二月革命をまねいた。
ギゾー Francois-Pierre-Guillaume Guizot 1787-1874 は18世紀フランスの政治家で、七月王政の国王ルイ=フィリップのもとで内閣を組織したことで知られるが、もともとは1812年よりソルボンヌ大学で歴史を講じていた学者だった。七月王政で文部大臣となり学制の改革に当たり、1840年からは首相として国政に当たった。ギゾー内閣は、ウィーン体制下、各国で強まってきた自由主義に対して、保守主義の立場から厳しく反対し、パリなどの都市で活発化した市民や労働者の普通選挙(財産による選挙権の制限の撤廃)を求める選挙法改正運動を弾圧した。改革派はギゾー内閣の集会禁止に対抗して、各地で改革宴会を開催し、気勢を上げた。1848年2月、パリ市民と労働者のデモ行進に正規軍が発砲したことから一気に反政府運動が盛り上がると、国王ルイ=フィリップはギゾーを罷免し、事態の沈静化を図ったが、おりからの経済不況もあって民衆は王宮に乱入し、七月王政は崩壊した。ギゾーはイギリスに亡命、その後は文筆に専念した。
Episode 選挙権がほしければ金持ちになりたまえ!
ギゾーは選挙権がほしければ「金持ちになりたまえ!」と言ってのけて反発を受けたことで有名である。つまりは選挙資格に必要な二百フランの税金を納めることができるようになれ、と言っているのだが、この言葉はさらに広い意味でとらえられるようになり、七月王政政府がひたすら大実業家=ブルジョワジーにのみ奉仕しているという事実を端的に言い表したものとして、非難されることになった。1846年末、野党は公務員が代議士に選ばれることの禁止、および選挙資格に必要な税額の引き下げを実現するための改革を要求し始めるようになったが、国王ルイ=フィリップと首相ギゾーは頑なに拒否したことが、1848年2月の二月革命を招くことになった。<ド=ソヴィニー『フランス史』p.425> その一方、ギゾーは歴史家としても著名で、『ヨーロッパ文明史』などの著作がある。