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トマト

アメリカ大陸原産の栽培植物。スペインを経てヨーロッパに伝えられ、はじめは鑑賞用であったが、18世紀からイタリアでパスタ料理に使われるようになり、広がった。

 トマトはナス科の植物で、ジャガイモなどと同じ南米のアンデス高地が原産。アンデス高地からメキシコ高原に伝えられてアステカ族の栽培作物となった。現代は世界中に広がっているが、アメリカ大陸原産の農作物の一つで、新大陸からヨーロッパにもたらされた。コロンブスの新大陸発見の時にはまだ知られていなかったようで、ヨーロッパにもたらされた時期やルートは正確にはわからないが、ヨーロッパでは始めは食用ではなく、赤い実を鑑賞する植物とされ、やがて薬用とされるようになった。 → トウガラシ

南イタリアからヨーロッパで広がる

 17世紀以降、温暖で露地栽培が可能なイタリアで本格的に栽培されるようになり、シチリア島のその最大の産地となった。当初は毒性があると思われて、主に観賞用の植物として栽培されていたが、18世紀の末にはナポリでパスタと組み合わせて食べられるようになった。パスタやピザにトマトが用いられるのが一般化するのは19世紀中ごろのことである。アメリカにはイタリア移民がトマトの食文化を移植した。1876年にハインツがトマト・ケチャップを売り出し食材として広がった。アメリカ原産のトマトが、300年あまりを隔て、違った料理法として戻ってきたわけである。<宮崎正勝『モノの世界史』2002 原書房 p.165-168 などによる>

Episode トマトソース発祥の地 ナポリ

 新大陸からスペインに伝えられたトマトは、15世紀からスペイン領だった南イタリアのナポリでも知られるようになった。1554年に1隻のスペイン船がナポリに入港したとき、他の物品と共にトマトの種子が含まれていたと言われている。しかし、初めは他の毒性のある植物に似ていたのですぐには食用とはされず、17世紀にはその鮮やかな色彩を鑑賞するために庭やバルコニーで栽培されるようになった。中には勇敢にも味わってみようとして「金のリンゴ」と言った人もいたが、なぜか普及しなかった。
 17世紀の末になって、ナポリのラティーニという、高位聖職者や貴族に仕えた両人がレシピ「スペイン風トマトソース」を編み出した。それによると「完熟したトマトを炭火の上で焙り、丁寧に皮を取り、ナイフで細切れにする、そして刻んだ玉葱、胡椒、イブキジャコウソウあるいはピーマンなどを混ぜて風味をつけ、塩、油、酢で味を調える」というもんで、これがイタリア料理で大成功を収め、現在のようなパスタにトマトソースという組合せが確立した。18世紀にはトマトソース以外にもトマトの料理法を開発した料理人が次々と現れ、パスタとトマトはしっかり結びついて、ナポリはイタリアにおけるパスタ業の中心となった。<池上俊一『パスタでたどるイタリア史』2011 岩波ジュニア新書 p.84>  

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