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サイパン陥落

太平洋戦争末期、1944年6~7月、米軍の総攻撃により日本軍が玉砕。民間人多数も犠牲に。米軍の本土爆撃が可能になった。

 太平洋戦争の末期、1944年6月15日、日本軍の南方の防衛線であったマリアナ諸島のサイパン島にアメリカ軍が上陸、日本軍との激しい戦闘となり、7月7日に守備隊は玉砕した。その際、サイパン在住で戦闘に巻きこまれた多くの民間の日本人が、島の北端の崖から身を投げて自殺するという痛ましい最期を遂げた。
 サイパン島を占領したアメリカ軍は、ここを拠点として日本本土への空爆を開始することとなる。日本ではサイパン島の陥落は国防上重大な敗北と捉えられたので、東条英機内閣の東条首相が責任をとって辞任、小磯国昭陸軍大将が内閣を継承した。戦局を立て直すことは出来なかった。
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