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コール

1982年から西ドイツ首相。キリスト教民主同盟を率い社会民主主義路線を転換させる。ドイツ統一を実現し、1990年、最初の統一ドイツ首相となり、98年まで在職した。

 コール Helmut Kohl 1930~2017 は、ドイツキリスト教民主同盟に属する政治家で、1982年から西ドイツの首相を務めた。そのころから東ドイツの社会主義体制の行き詰まりが始まり、1989年にはベルリンの壁の開放から、一気に東欧革命が進行、その過程で1990年10月に東西のドイツ統一を実現させ、統一ドイツ最初の首相となった。統一ドイツの首相として、1998年までの長期政権を維持し、その間ヨーロッパの統合に積極的な指導性を発揮した。

新保守主義

 その立場は新保守主義であり、1960年代末~70年代のブラント~シュミットと続いたドイツ社会民主党の経済政策を否定し、新自由主義的な小さな政府論を掲げて支持を受けた。

統一ドイツを指導

 ドイツ統一問題ではブラントの東方政策の精神を受け継ぎ、ドイツ統合を進めた。強大な統一ドイツの出現に警戒感を抱くフランスやロシアなど周辺諸国に対し、積極的な欧州統合に加わることで理解を得てそれを実現させた。
 しかし、統一後は遅れて貧しい東ドイツを西ドイツ経済が吸収することとなり、かえって格差を拡大させたとも言われている。また、1992年からのボスニア内戦ではクロアチア人勢力を支援して、ドイツ連邦軍を派遣してが、それは第二次世界大戦後最初のドイツ軍の国外派遣であったため、反対も激しく、国論を二分した。しかしコールはアメリカ及びNATO寄りの姿勢をとり続け、その後も派兵を継続した。

ヤミ献金疑惑で人気を落とす

 コール政権は統一前から含めて戦後最長の16年に及んだ。その朝期政権は国民に次第に飽きられたのか、1998年の連邦議会選挙で敗北し、首相を辞任した。ドイツでは社会民主党が復権し、シュレーダーが政権を担当することになった。しかもコールの首相退任後、在任中のヤミ献金疑惑が持ち上がり、検察が捜査に乗り出すなど、ドイツ統一の業績にもかかわらず人気は地に落ちてしまった。2017年6月16日に死去した。
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