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モン人

ビルマからタイにかけて活動した民族。6~7世紀にビルマにドゥヴァーラヴァティ王国、13世紀にペグー朝を建国。16世紀以降はビルマ人に支配された。

 モン人は、ベトナム人やクメール人と同じく、オーストロアジア語系に属し、現在のタイのチャオプラヤ川流域やビルマのイラワディ川下流域に居住していた。河川交通を利用した交易で栄え、タイでは6~7世紀にドゥヴァーラヴァティ王国を作った。また9世紀にビルマのイラワディ川河口部のペグー(現在のバゴー)を中心にベンガル湾を隔てたインドとの交易を行う港市国家を作った。モン人はインドの影響受け、仏教を早くから信仰していた。

ビルマにペグー朝建国

 ビルマのモン人は13世紀末にパガン朝が元軍の侵攻によって急速に衰退したのに乗じて自立し、ペグー朝を建てた。ペグー朝はスリランカから上座部仏教を取り入れ、ペグーに戒壇を設け、これ以後、ビルマでは小乗仏教が民衆に定着していく。しかし、モン人のペグー朝の支配は下ビルマにとどまり、中・上流のビルマ人とは常に対立が続いた。

ビルマ人王朝への従属

 16世紀にはビルマ人が再び優勢となってタウングー朝が興り、ペグー朝は1531年にタウングー朝に併合された。タウングー朝はビルマを統一支配し、一時はタイ、ラオスまで進出して有力であったが、その下でモン人の農民は戦争に動員され、不満が強まった。18世紀になってタウングー朝が都をペグーから中流のアヴァに遷都すると、モン人は反乱を起こしてペグーを占領、そのため1752年にはタウングー朝は滅亡した。
 モン人はさらに北上したが、ビルマ人を結集したアラウンパヤーコンバウン朝を起こし、モン人は1757年にアラウンパヤーに北上を阻止されて敗れ、それ以降はコンバウン朝の支配を受けることとなった。現在はビルマからタイにかけての海岸地方にかけて、ビルマ国内の少数民族として続いている。
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