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ベーリング海峡

ユーラシア大陸と北アメリカ大陸の間の海峡。氷河期には陸続きであったが約1万年数千年前頃までに海峡となった。18世紀にロシアのべーリングが海峡であることを確認し、その名がつけられた。

 地球上で繰り返された氷期の最後の時期は、7万3000年前頃に始まり、途中の中だるみ期を経て、2万5000年前ごろから再び寒気が強まった。この氷期には、地表面の水が氷結し1000~2000mの厚さで地球上を蔽っていた。そのため海水面は現在より100mほど低下していた。現在のベーリング海峡は水深が42mほどしかないので、氷期には海底が広い範囲で露出し、南北の幅が1000kmの陸橋ができた。この陸橋部を名づけてベーリンジアという。
 この2万5000年前頃から、温暖化で海水面が上昇しはじめベーリング海峡が形成された1万2500年まえごろまでのベーリンジアがあった時期に、現生人類(ホモ=サピエンス)がアメリカ大陸に渡ってきたものと考えられる。その時期については幾つかの仮説があるが、約1万4千年前ごろと考えられている。

人類のアメリカ大陸への進出

 シベリアとアラスカが陸橋でつながれていた時期は、現在のシベリアは乾燥したステップが広がっておりマンモスやジャコウウシ、カリブー(トナカイ)などの大型動物が生息し、人類(ホモ=サピエンス)が狩猟生活を送っていた。そしてそれらの大型動物を追って陸橋をわたって現在のアラスカに到達した。そのころアラスカには氷床に蔽われておりそこから南下はできなかった。
 約1万2500年前ごろから、温暖化が始まったことでアラスカの大氷床が後退し、ひとびとは大陸を南下し急速に南北アメリカ大陸に広がっていった。しかしその背後でベーリンジアは幅が徐々に狭くなり、ついに海没してかれらの退路は断たれることとなった。<高橋均他『ラテンアメリカ文明の興亡』世界の歴史18 1997 中央公論社 p.10-11>
 → 人類の拡散

ベーリング海峡の発見

 17世紀末~18世紀初頭、ロシアロマノフ朝のはピョートル1世(在位1682~1725)のもとで急速に力を付けた。ピョートル1世は、バルト海進出や南下政策とともに、東方進出を企て、盛んにシベリア探検を行った。ピョートル1世が派遣したベーリングは、1728年にベーリング海峡に到達し、これが北極海と太平洋を結ぶ海峡であることを確認した。さらに第2回探検で、1741年に新大陸に渡り、アラスカに上陸した。アラスカ方面からのロシアのアメリカ大陸への進出は、後に、独立したアメリカ合衆国が大陸西武に進出する際に、大きな脅威となっていく。
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書籍案内

高橋均/網野徹哉
『ラテンアメリカ文明の興亡』
世界の歴史 18
中央公論社