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英仏通商条約(1786)

1786年、フランスがイギリス工業製品の輸入を認めた条約。フランス工業は打撃を受け、フランス革命の一因ともなったといわれている。

 1786年アンシャン=レジーム期のフランス・ブルボン朝と、産業革命期のイギリス(トーリ党ピット内閣)が結んだ通商条約。イーデン条約ともいわれている。  財政困難が続くフランスが、国内産業の振興を狙い、それまで長く敵対し、英仏植民地戦争を戦っていたイギリスとの関係を転換し経済協力関係を結ぶことにした。しかし、フランスが妥協し、イギリス製工業製品の輸入関税の引き下げに応じたため、イギリスの安価な工業製品が一気に流入したため、綿工業などフランスの国内産業が打撃を受けることとなった。このようなブルボン朝の外交、経済政策の失策は、ブルジョワや都市民の政権への不満を強め、フランス革命への伏線の一つとなった。
(引用)1786年、自由貿易的色彩をもつ、英仏通商条約が重農主義者デュポンなどの活動によって結ばれたが、これはイギリスの工業製品とフランスの穀物・ブドウ酒などを結びつけたものであって、ルーアンの綿織物をはじめフランス産業は競争に敗れて衰退せざるを得ない結果となった。このことは、産業家のあいだで産業保護の要求をたかめ、労働者は不況をこの条約のせいにしたが、・・・この条約によって王権はかならずしも国民的利益を代表しないという考えが広く浸透しはじめたのである。」<河野健二『フランス革命小史』岩波新書 1959 p.65>
 なお、1860年にも英仏通商条約が締結されている。これはフランスが保護貿易から転じ、ナポレオン3世がイギリスの自由貿易を受け入れたものである。
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