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ゴードン

イギリス軍人で太平天国の鎮圧で活躍した軍人。スーダンで起こったマフディー教徒の乱鎮圧に向かい、1885年に敗死した。

ゴードン
 太平天国の乱とアフリカのマフディーの反乱の鎮圧にあたったイギリスの軍人。19世紀イギリス帝国主義(第二帝国)時代のもっとも人気の高い軍人であった。その活動は、クリミア半島、中国、アフリカのエジプト・スーダンに及んだ。

太平天国を鎮圧

クリミア戦争に従軍後、中国に派遣されアロー戦争に従軍。1860年、李鴻章に要請されてアメリカ人ウォードが創設した外人傭兵部隊常勝軍の指揮官となった。ゴードン指揮の常勝軍は清朝軍を助け、太平天国の討伐に向かい、太平天国軍と戦ってその鎮圧に成功した。名声を上げたゴードンは帰国後、スーダンの知事、さらにエジプト総督に任命された。

マフディーの反乱で敗死

 一旦辞職していたが、1881年にアフリカでマフディーの反乱が起きると将軍としてその鎮定にあたることとなり、エジプト軍の救出に向かったがハルツゥームの戦いでマフディー教徒軍との300日にわたる籠城戦の結果、1885年1月26日、敗死した。
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