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ヤング案

1929年に出された、ドーズ案に続くドイツ賠償問題解決のための返済期間延長案。

 ドイツの賠償問題の解決を目指してドーズ案が1924年から実施され、ドイツ経済は復興へと向かったが、なおも賠償金支払いはアメリカからの外債に依存していたため、ドイツの負担の軽減は進まなかった。この問題を解消するため、国際連盟は1929年にアメリカの財政家ヤングを委員長とする委員会を設け、同年ヤング案をとりまとめた。
 ヤング案では賠償金総額を削減して358億金マルクとし、返済期間を緩和して59年間とした。しかし、ヤング案成立直後に世界恐慌が発生すると、ドイツ経済はアメリカの援助で成り立っているという構造になっていたため、ドイツもすぐに巻き込まれ、ヤング案でも返済不可能に陥った。  また国内ではナチスと共産党が台頭し、社会不安が表面化したため、1931年アメリカ大統領フーヴァーはフーヴァー=モラトリアムを発表して、賠償金の1年間支払い停止を命じた。その猶予期間が終わる1932年には、ローザンヌ会議を開催して賠償金総額を約12分の1の約30億金マルクに減額をすることとした。しかし、ローザンヌ会議にはアメリカが参加しておらず、協定は実施されることなく、翌年にはドイツで賠償金支払いを拒否してるナチス政権が成立し、事実上賠償金は消滅した。
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