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総統/フューラー

ナチ党での指導者(党首)の意味であったが、1934年、ヒンデンブルク大統領の死によってヒトラーが首相と大統領職を兼ねドイツ帝国元首の地位についてその称号となり、ドイツは総統国家といわれる国家体制となった。

 1934年8月、アドルフ=ヒトラーが就任したドイツ帝国(第三帝国)総統国家最高の地位で、大統領権限と首相権限を併せた強大な権力を持つ。ドイツ語でフューラー(またはヒューラー)。もともとは1921年7月、ナチ党の党第一委員長となったヒトラーの党内における指導力が高まったころ、党内の「指導者」の意味でヒトラーをフューラーと呼んでいた。その訳語に一般的には「総統」を充てている。
 ヒトラーは1933年に首相に任命されてヒトラー内閣を組閣し、国家権力を握った後、同年3月に全権委任法を成立させて議会制民主主義を葬り去り、さらに7月までに反対党の活動を禁止してナチ党の一党独裁体制を作り上げ、ついで1934年8月2日にヒンデンブルク大統領の死去によって総統となった。それは首相として大統領の権限を吸収したものであった。当初は「総統兼宰相」と称したが、やがて総統(フューラー)とだけ呼ばれるようになった。<村瀬興雄『アドルフ・ヒトラー』1977 中公新書 p.208,258>

ヒンデンブルクの死

 ヒトラーはヒンデンブルクがまだ生きているうちに、大統領権限を自分が奪うことを閣議決定していた。突撃隊隊長レーム粛清のほぼ一ヶ月後の1934年7月31日、領地ノイデックでヒンデンブルクは重態に陥ると、首相ヒトラーは翌8月1日午前、最後の別れのために病床のヒンデンブルクを見舞い、その日のうちにベルリンに戻って閣議を開き「ドイツ国の国家元首についての法」を定めた(全権委任法で首相には議会の議決なしに法律を制定する権限が与えられていた)。この閣議決定で制定された法律は第1条で
「ドイツ大統領職はドイツ首相職と統合される。それに従い従来のドイツ大統領の権限は、指導者(総統)にしてドイツ首相であるアドルフ・ヒトラーのものとなる。」
と定め、第2条で、この法律は大統領ヒンデンブルクの死去が明らかになった時点で発効すると定めていた。つまり、ヒトラーはヒンデンブルクの死去より前にその大統領職を継承することを決めたのだった。そして予定通り、翌8月2日にヒンデンブルクは死去した。「死の間近に迫った大統領の存命中に、このようは法を定める厚かましさは、あらためていうまでもない。」<山下公子『ヒトラー暗殺計画と抵抗運動』1997 講談社選書メチエ p.77>

国防軍の忠誠宣誓

 ヒトラーは大統領職を掌握したことによって、国防軍に対する指揮権を獲得した。国防軍は必ずしもヒトラーを支持していたわけではなく、特にナチ党の突撃隊(SA)が国防軍に取って代わろうとしていると警戒していた。そのSA指導者レームをヒトラーが粛清し、国防軍寄りの姿勢を示していたこともあって、ヒトラーの国防軍掌握は大統領職継承によって完璧になった。それを受けて国防相ブロンベルクは軍人に対して「総統にしてドイツ首相なるヒトラー」に対する忠誠を誓うことを命令した。
「私は神かけてこの神聖な誓いを守ることを誓います。私はドイツ国家と人民の総統アドルフ・ヒトラー、国防軍の総帥に、無条件の従順を尽くし、勇敢な兵士としていつでもこの誓いのために私の命を賭けるでありましょう」<山下公子 同上書 p.80>
 ヴァイマル憲法下では「ドイツ憲法に忠誠を誓い、・・・ドイツ大統領と私の上司に従順であることを誓います」というものであった軍人宣誓は、総統ヒトラー個人への忠誠に切り替えられたわけである。国防軍は以後、この宣誓に縛られ、ヒトラーの無謀な軍事作戦に異議を唱えることができなくなる。国防軍指導部の一部には、反ヒトラーグループがあったが、その運動が広がらなかったのはこの宣誓に縛られたという側面がある。ヒトラー暗殺計画の失敗の一因であったとも考えられる。

国民投票の実施

 ヒトラーは自分が大統領と首相を統合した総統職という国家元首の地位に就くことのドイツ国民の承認を得るため、8月19日に国民投票を実施した。投票率は95.7%、うち無効票2.0%、有効票のうち賛成票89.9%、反対票10.0%であった。<山下公子 同上書 p.81>
 宣伝省大臣のゲッベルスによるヒトラー賛美キャンペーンが展開される中の約90%という数字にドイツ国民の正確な意思が込められているとは思えず、むしろ10%(実数429万票)の反対票は、前年のドイツの国際連盟脱退の是非を問うた国民投票の反対票(約5%)よりも増えていることが注目される。

総統国家

 この総統が議会などの拘束を受けず、独裁的な強力な権力を行使する国家を総統国家ともいう。これによって、ドイツは、ドイツ共和国ヴァイマル共和国)からナチス=ドイツ(第三帝国)へと最終的に転換した(実質的には前年の1933年のヒトラー政権確立の時を転機としている)。
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書籍案内

村瀬興雄
『アドルフ=ヒトラー』
1977 中公新書

山下公子
『ヒトラー暗殺計画と抵抗運動』
1997 講談社選書メチエ