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ウイグル文字

トルコ系のウイグル人が用いた文字。アラム文字を源流とするソグド文字から作られた、縦書きの表音文字。東方に伝わりモンゴル文字や満洲文字に影響を与えた。

ウイグル文字
ウイグル文字
 アラム文字ソグド人のソグド文字に影響を与え、さらに中央アジアのトルコ系遊牧民のウイグルがそれをもとにウィグル文字を作った。表音文字で、左の行から縦書きする。トルコ系語族であるウイグル人が、イラン系民族の文字であるソグド文字を用いることができたのはそれが表音文字であったからである。ウイグル文字が主に使用されたのは9~13世紀に西トルキスタンで栄えた西ウイグル王国の時代だった。ウイグル文字資料はトルファンなどの遺跡から多数の文書が発見され、解読が進んでいる。

ウイグル文字の伝播

 ウイグル文字そのものは中央アジアがイスラーム化してアラビア文字が使われるようになったため忘れ去られることとなったが、東方に伝播してモンゴル族モンゴル文字に影響を与え、モンゴル帝国で使用された。さらに女真の満州文字のもととなって清朝でも使用された。

出題

 04年 明治大学(文)(改) 次の文の空欄を埋めよ。
「8世紀半ば過ぎの安史の乱で、皇帝( 1 )が都の長安を追われた唐朝は、これを倒すために北方モンゴル高原に拠っていたウイグルに援軍を求め、かろうじて反乱を鎮めることが出来た。しかしこのあと、唐は引き入れたこれらの横暴に苦しめられることになり、長安の街ではウイグル人が大手を振るって闊歩し、中国の産する絹が彼らの持ち込む( 2 )と交換され、大きな利潤をウイグル側にもたらした。ウイグルはこうした中で遊牧騎馬民族から商業定住民への道を歩み始めるが、これには長安からもたらされた( 3 )という宗教が、広く浸透したことの影響も大きかった。また、トルコ系遊牧民最初の文字である( 4 )文字につづいて、ソグド文字を改良してウイグル文字も用いられた。そして、8世紀末から9世紀初めに最盛期を迎えた後、国政を動かすソグド人への反発が引き起こした内紛、それに天災などが重なって衰退し、840年にキルギスに急襲されて分解するに至った。ウイグルと時を同じくして唐朝周辺の( 5 )も命脈を絶った。」

解答

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