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シチリア占領

1860年、ガリバルディが千人隊(赤シャツ隊)を率いてシチリアに上陸、パレルモを占領して征服。

 イタリア統一リソルジメント)が進む中、1860年5月、ガリバルディの指揮する千人隊(赤シャツ隊)がシチリア島の西端マルサラに上陸、「イタリア王ヴィットーリオ=エマヌエーレ2世の名において」ブルボン朝両シチリア王国の正規兵と戦闘を開始した。武器と兵力に勝るブルボン朝側が優勢であったが、ガリバルディは「ここでイタリアが生まれるか、滅びるかだ」と叫んで奮起を促し、死闘を制してブルボン軍を破った。ガリバルディ軍はパレルモに進撃し、市街戦を制してシチリア島を制圧した。ブルボン朝支配に反発していたシチリア島の支配層はガリバルディ軍を歓迎し、また農民は土地改革などの変革を期待してガリバルディ軍に加わるものも多かった。<『世界の歴史』22 1999 中公論新社 北原敦執筆 p.251>

ガリバルディ、シチリア遠征の背景

 シチリアは当時、両シチリア王国に属し、ナポリの支配を受けていた。ナポリへの従属に不満を持ち、独立と共和政樹立を求める運動もパレルモなどで起こっていた。その中でマッツィーニの影響を受けた共和主義者のクリスピ(1819~1901、後のイタリア首相)などがガリバルディの遠征を要請した。
 ガリバルディはサルデーニャ王国を中心とした1859年のイタリア統一戦争に参加して戦っていたが、カヴールがガリバルディの故郷のニースをフランスに割譲することを画策したことから対立を深めていた。クリスピからの誘いを軍事指導者としての再起のチャンスと捉えたガリバルディは、ただちに義勇兵の募集にあたり、約1000名の隊員を得たところでシチリアに向かった。これが千人隊であり、その制服から赤シャツ隊とも言われた。
 5月11日、シチリア島西部のマルサーラに上陸、3日後にサレーミでガリバルディは独裁官に就任することを宣言、5月15日にカラータフェーミの戦いで圧倒的に多数のブルボン朝軍を千人隊が破り、一気に島民を味方に付けた。

パレルモ入城

 パレルモには約2万のブルボン朝軍がいたが、約750人のガリバルディ軍は民衆の支援を受けて中心部の広場を占領した。
ガリバルディ、パレルモ入城

1860年、ガリバルディのパレルモ入城
欧州共通教科書 p.294

(引用)パレルモ市民は窓から椅子やマットレスを投げ落とし、町中にバリケードを築いた。ブルボン軍は港に停泊した軍艦から町を砲撃した。その時期にパレルモの人口は約16万であった。市民は、教会の鐘を打ち鳴らし、ブルボン軍から解放された地域で火をたき、千人隊を応援した。……その戦いでブルボン軍兵士は無防備の民衆に暴力をふるい、蜂起に立ち上がった市民はブルボン王朝支配の象徴である警察官を探し出して惨殺した。敵味方の乱暴狼藉に対応するために、ガリバルディは窃盗、略奪、暴力を行ったものは死刑にすることを布告している。それほど凄惨が戦いが繰り広げられたということである。<藤澤房俊『ガリバルディ』2016 中公新書 p.136>
 この市街戦の様子は、右の当時の絵で知ることができる。馬に乗って指揮する赤シャツのガリバルディ。軍服姿がブルボン軍。赤シャツ隊以外の市民も武器をとっており、女性が傷ついた市民を助けようとしている。右隅では僧侶がブルボン兵と渡り合っているのが見てとれる。
 ブルボン軍は6月6日に降伏、撤退した。ガリバルディは大きな軍事的成功を収め、後続の義勇兵も加わって2万に増大した。その力で7月2日には島東部のメッシーナを征服してシチリア全土を制圧した。シチリアを征服したガリバルディは独裁官としてブルボン朝が島民に課していた製粉税を廃止するなどで、島民の支持を得ようとした。しかし、地主の土地を農民に分配するなどの社会変革には手を付けなかった。不満を持った農民が地主を殺害するなどの不穏な動きが起こると、彼は反乱者を銃殺にして拡大を抑えた。<藤澤『同上書』 p.140-142>
 つまりガリバルディはシチリアをブルボン朝からは解放したが、封建的な社会を変革するような農民の解放までは至らなかったと言うことであろう。

Episode 映画と映画の描くシチリア貴族

映画『山猫』 ルキノ=ヴィスコンティの監督作品『山猫』は、ガリバルディ軍のシチリア侵攻を背景にしたパレルモの貴族社会の動揺を重厚に描いている。パレルモの市街戦では赤シャツ隊(アラン=ドロンが扮するタンクレディが加わる)とブルボン軍の戦いに市民が巻き込まれる様子が生々しく活写されている。また主人公の貴族(バート=ランカスター)の俗物ぶりと没落を自覚しながら悩むあたり、また10月に行われた住民投票のインチキぶり、なによりも時代の大きな変革と無縁のような豪華な舞踏会など、見所の多い映画である。
小説『山猫』 原作はトマージ・ディ・ランペドゥーサの『山猫』Il Gattopardo で、1958年に発表された小説。筆者はこの一作だけが知られるが、自身がシチリア島の旧貴族の家に生まれた人。1860年5月、ガリバルディのシチリア上陸の知らせが入ったパレルモの貴族の一日からはじまる話は、淡々としていて劇的に展開されるわけではないが、シチリアの風土と人びとへの愛情を込めて物語られている。幸い、文庫本で読むことができるが、映画と併せて読むとより面白い。文庫本の訳者の解説がシチリア史を知る上で役に立つ。<ランペドゥーサ/小林惺訳『山猫』2008 岩波文庫>
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DVD案内

ルキノ・ヴィスコンティ監督
『山猫』
主演 B.ランカスター、A.ドロン
書籍案内

藤澤房俊
『ガリバルディ』
2016 中公新書

ランペドゥーサ
小林惺訳
『山猫』
2008 岩波文庫