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ジュネーヴ会議

1954年、ジュネーヴで開催された、朝鮮問題・インドシナ問題をめぐる国際会議。インドシナ休戦協定が成立した。

 1954年4月26日~7月21日、スイスのジュネーヴで開催された、朝鮮問題・インドシナ問題に関する国際会議が、アメリカ・ソ連・イギリス・フランスの4大国とインド・中華人民共和国などアジア諸国の18ヵ国が参加して開催された。初めて中華人民共和国が参加した国際会議として重要である。議題の一つであった朝鮮問題では決裂したが、インドシナ戦争に関しては停戦協定であるジュネーヴ休戦協定が成立するという大きな成果をもたらし、東西冷戦の緊張緩和に貢献した。
背景 朝鮮戦争は53年に休戦が実現したが、インドシナ戦争は46年以来継続し、アジアでの平和実現の声が強まり、また冷戦の中で核兵器開発競争を続ける米ソ2大国にも、ソ連でスターリンが死去し、アメリカでアイゼンハウアー大統領に代わるという転機を迎えていた。54年1月、米英仏ソの4国外相の間で、ジュネーヴ国際会議開催が合意された。
内容:朝鮮の統一については北朝鮮が外国軍の撤退を、韓国が戦後処理での国連の関与を主張して譲らず決裂した。インドシナ戦争に関しては、会議中の5月にディエンビエンフーの戦いでフランスが大敗し、フランス(代表マンデス=フランス)が折れて、7月21日ジュネーヴ休戦協定が成立した。しかしアメリカは協定に署名しなかった。
意義  第二次世界大戦の戦後に開催された最初の大規模な国際会議であり、インドシナ戦争の休戦協定を成立させ、アジアに一応の平和をもたらした。中華人民共和国が初めて国際会議に出席、代表の周恩来はインドのネルーとともに第三世界の代表として重要な役割を果たした。両者は「平和五原則」で一致し、翌年のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)につながることとなる。また第三勢力の台頭に対抗するため、米英仏ソの4大国は同じく翌年、同じジュネーヴで戦後初の4ヵ国首脳会談を開催することとなる。
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