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先進国首脳会議/サミット

1975年の第一回フランスのランブイエから始まった、先進国首脳による経済、安全保障などに関する国際会議。サミットといわれ、以後毎年開催され、参加国も増加している。

 先進国サミット、または単にサミットとも言う。サミット summit は頂上、頂点、首脳などの意味。1971年のドル=ショックによってブレトン=ウッズ体制が崩れた後、1973年秋のオイル=ショックで世界経済が大きな混乱に陥ったため、従来のアメリカ経済依存体質を捨て、先進国が協力して世界経済の安定と発展を図る必要が出てきた。フランスのジスカールデスタン大統領が提唱し、1975年11月15日に第1回の先進国首脳会議(サミット)がフランスのランブイエで開催された。第1回の参加国は、フランス、西ドイツ、イギリス、アメリカ、日本の5ヵ国。

サミットの拡大

 第1回の成功を受けて以後毎年開催されるようになった。第2回からイタリアとカナダが参加しG7となり、さらにオブザーバーとしてECが参加した。1989年の東欧革命、1991年のソ連の解体という激変により冷戦が終結した1990年代以降は、先進国首脳会議の存在は重さを持つこととなった。
 西ドイツは東西が統一されたため、1990年からドイツ首相として参加している。ソ連解体後、その地位を継承したロシアは、1991年サミットにゴルバチョフ大統領がゲストとして招待されたが、1997年からは正式メンバーとして参加するようになり、それからは主要国を「G8」というようになった。当初は経済問題が討議の主内容であったが、現在は安全保障、環境問題など幅広い意見交換の場となっている。

ロシアの除外とその後

 2010年代に各地の地域紛争が深刻となるに伴い、先進国首脳会議にもさまざまな「きしみ」が生じるようになった。2014年、ロシアのプーチン政権がウクライナ領のクリミア半島の併合を強行してクリミア危機が起こり、さらにロシアはウクライナ東部に介入して紛争が拡大した。その背景には、ヨーロッパにおけるロシアとNATO諸国の綱引きがあった。他の主要国は一斉にロシアに反発し、ロシアはサミットへの参加から除外(資格停止)されることになった。そのため主要国はG8からG7に戻った。
 また2010年代は中国の経済成長が著しく、その存在を無視することが出来なくなっている。中国はゲストとして主席が招待されたことはあったが、2020年現在は正式メンバーとはされていない。アメリカなどが中国共産党一党支配における人権侵害などを問題にしているので、参加は当面困難と思われる。
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