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プーチン

2000~2008年のロシア連邦大統領。08年より首相を務めたが、2012年に大統領に復帰。2014年にはクリミア併合を強行、国際的な批判を受けたが国内では高支持率のもと長期政権を続けている。

 ウラジミール=プーチン Vladimir Vladimirovich Putin(1952~) 現代ロシア連邦の政治家で、2000年3月よりロシア連邦大統領。KGB(国家保安委員会。ソ連時代からの諜報機関。)の出身。エリツィンが健康上の理由で辞任して大統領代行となり、その後大統領選挙で国民の信任を得て就任。再選され二期大統領をつとめた。この間、湾岸戦争、9.11後の対テロ政策などではアメリカと共同歩調を取っているが、チェチェン紛争など民族紛争では強硬姿勢をつづけた。2008年にはグルジア紛争に介入し、グルジア(ジョージア)内の親露派の南オセチアとアブハジアの分離運動を支援するために軍隊を派遣し、事実上この二地域をグルジアから分離させ、国家として承認した。しかし国際的にはまだ認知されていない。

2度目の大統領

 2008年、ロシア連邦憲法の規定により、大統領を2期で退陣し、大統領にはメドヴェージェフが就任したが、プーチンは首相に横滑りし、権力を維持した。
 2008年から12年まで首相を務めた後、憲法にはいったんやめた大統領が間を置いて再任されることは禁止されていないことから、再び大統領選に出馬し、2012年に大統領に返り咲いた。

クリミア併合

 2度目の大統領となったプーチンは、その強権的な手法で国民の支持は多くはなかった。そのプーチンに対する支持が一気に高まったのが、2014年3月、にウクライナ領のクリミア半島を併合してしまったことだった。その年、ウクライナに親西欧政権が成立し、NATO加盟が現実的になったのに対し、クリミア半島のロシア系住民がロシアへの編入を掲げていることを理由に、一方的にロシア軍を侵攻させ、クリミア半島を制圧した。 → クリミア危機  この軍事行動は国際的な非難を浴び、1997年から正式メンバーとしてサミット(先進国首脳会議)に参加し、G8の一員とされていたが、このクリミア併合により参加を拒否された。それ以後、ロシアはサミットに復帰していない。プーチンは国際社会では非難されたが、国内での支持率は急速に高まり、それまで60~70%にとどまっていたのがほぼ90%に跳ね上がった。

続く大国主義と長期政権

 この高支持率はロシアの大国としての威信を高めたという評価に基づいているので、プーチンは強気の対外政策をとり続けなければならず、クリミア危機後もウクライナ東部紛争で親ロシア派に対して事実上、軍事支援を続けるなど、その大国主義的な膨張政策を維持している。そのようなプーチンの大国主義、膨張主義は、日ソ間の北方領土問題にも影響し、解決は遠のいている。
 プーチンは国際的な批判を受けながらも、高い支持率を背景に長期政権を続け、2018年3月には4度目の当選を果たした。しかし、国内には反プーチンの声も起こりつつある。18年6月、プーチン政権が年金支給開始年齢の引き上げを発表したことがきっかけとなり、支持率が60%台に急落した。さらに野党指導者や反プーチンの発言をするジャーナリストをひそかに襲撃させるなど、その強権的体質への批判が強まっている。しかし、政権の交代に応えるような野党の組織的な活動も抑えられており、プーチンの任期の切れる2024年に対抗馬が現れるのか、不透明となっている。

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