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パンと見せ物/パンとサーカス

ローマ共和制末期に増加した無産市民が有力者に要求したこと。パンは食糧、見世物(サーカス)とは円形競技場などでおこなわれる剣闘士試合などの娯楽。共和政時代、権力を狙う有力者が市民に提供することで人気を得た。帝政時代の歴代皇帝も盛んに提供した。

 ローマ共和政が前3世紀ごろから中産市民が没落して無産市民(プロレタリア)となっても、市民であるので平民会の選挙権はもっていた。彼らは国や有力者に食料と娯楽を要求し、それらを提供してくれる政権や人物を支持した。「パンと見世物(パヌム=エト=キルケンセス)」のパンとは穀物つまり小麦のことで、穀物の特別価格での販売とか、無料配布が国や有力者の手で行われていた。見世物はサーカスともいわれるが現在のサーカスのことではなく、競技場での戦車競争とか、円形闘技場での剣闘士試合、ライオンと剣奴の闘いなどのことで、これらも国や有力者が主催して無料で市民に提供されていた。剣闘士試合が行われた円形競技場として最も有名なもがローマのコロッセウムであった。
 前1世紀の「内乱の一世紀」の時代には、カエサルなどの有力者が盛んに剣闘士競技や戦車競争を開催して市民の人気を集めた。また属州から多くの穀物がローマにもたらされるようになると、ローマ市民の特権として穀物(小麦)が配給されるようになった。ローマ帝国時代になると、アウグストゥス以降の皇帝たちは、市民に対する穀物の提供と見世物などの娯楽の提供が政治の安定につながるので、盛んにそれを実施した。しかし、それらは帝国の財政を苦しめることにもなるので、後には緊縮策を採る皇帝もあった。
参考 パンとサーカス 柳沼重剛『ギリシア・ローマ名言集』によると、この言葉はユウェナリスという人の『諷刺詩』第十番80に、
 (民衆が)熱心に求めるのは、今や二つだけ:パンとサーカス。
とあるという。パンとサーカスとは「食べ物と娯楽」ということ。サーカスは元は円形劇場のことだが、ここでは「見世物」のこと。昔は国のために身を砕き心を砕いたローマの民衆も今や堕落して、本気になって要求することといったら、食べ物と娯楽だけという有様になってしまったと嘆いている。<柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』2003年 p.154>

小麦配給所の実際

 ローマ市民に提供する小麦を確保するために、属州のエジプトやヒスパニアから小麦を運ぶ海運が盛んになり、歴代の皇帝は造船や港湾などの海上輸送力の増強に努めた。その他に食糧供給のための施設の整備も必要であった。カリグラ帝の乱脈な政治で財政再建が急務となったクラウディウス帝は次のような対策を立てた。
(引用)アヴェンティヌス丘とテヴェレ川のあいだに穀物倉庫を建設し、カンブス・マルティウスのミヌキウス回廊を小麦配給所に改築した。当時、小麦の無料配給を受ける市民は、その資格を証明する無料配給資格証を各自所持しており、毎月指定された日に配給所へ小麦を受け取りに行った。クラウディウスは、ミヌキウス回廊に45の配給窓口を設け、毎月の指定日に、指定された番号の窓口に出頭することを義務づけた。無料配給を受けていた市民の正確な数字はわからないが、30万人とし、指定日が毎月20日あるとするなら、一つの窓口は一日約300人を処理すればよかった。しかも、配給所が一ヶ所にまとめられたので、業務上の効率も飛躍的に向上したはずである<青柳正規『皇帝たちの都ローマ』1994 中公新書 p.214-215>

見世物(サーカス)とは

 サーカスとは、直接的には戦車競技場を意味するキルクス circus から来た言葉で、英語のサーキット circuit の語源になったもの。つまりもともとは戦車競技場でおこなわれる戦車競走のことであったが、それが広く円形競技場(円形闘技場)で行われる剣闘士の試合を含めて、民衆に提供される娯楽(見世物興行)全般を指すようになった。<島田誠『コロッセウムからよむローマ帝国』1999 講談社選書メチエ p.17>
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書籍案内

柳沼重剛
『ギリシア・ローマ名言集』
2003 岩波文庫

島田誠
『コロッセウムからよむローマ帝国』
1999 講談社選書メチエ