印刷 | 通常画面に戻る |

アイルランド共和国軍/IRA

北アイルランドのカトリック勢力シン=フェイン党の武装組織。1970~80年代の北アイルランド紛争で過激な武装闘争を展開した。

 Irish Republican Army 略称IRA。アイルランド共和軍とも訳される。北アイルランドで、イギリスからの分離、アイルランドの統一を主張するカトリック勢力であるシン=フェイン党の武装組織。
 アイルランドの民族独立を目指す運動で、武装闘争も辞さない急進派の源流は、19世紀前半の青年アイルランド党まで遡り、1850年代末にはアイルランド共和主義同盟(IRB)もあった。彼らは1916年のイースター蜂起も起こしているが、イギリスによって厳しく弾圧された。

アイルランド独立戦争

 第一次世界大戦後の1918年にアイルランド共和国が独立宣言し、アイルランド独立戦争(英アイ戦争)が始まると、運動を主導したシン=フェイン党の武装組織として、1919年にアイルランド共和国軍(IRA)として組織された。
 イギリス政府のロイド=ジョージ挙国一致内閣の提案によって、1921年に締結されたイギリス=アイルランド条約によって、アイルランドはプロテスタントの多い北部とカトリックの優勢な南部に分割され、南部26州はアイルランド自由国として独立、北部アイルランドは大英帝国に残留することになり、翌1922年に選挙でその分割が固定化された。

北アイルランド紛争

 北アイルランドでは、少数派となったカトリック信者はアイルランド共和国への併合を主張し、イギリス政府に対するテロを開始した。その過程でIRAは分裂を繰り返しながら次第に過激化し、1969年頃からの北アイルランド紛争ではプロテスタント側と激しい戦闘を展開し、テロを繰り返すようになった。
 1984年10月、IRAはイギリスの保守党大会が開催されていたブライトンのホテルを爆破、4人が死亡するというテロを実行した。難を逃れたサッチャー首相は国民の同情を集め、IRAに対する厳しい弾圧に転じ、また国民もIRAの過激なテロを非難する声が強まった。

テロ活動の収束

 1998年に和平(ベルファスト合意)が成立したが、なおも武装解除に応じないグループも存在し、問題の解決は困難を極めた。しかし、テロに対する非難が強まり、2005年には、それまで武装闘争の主力となっていたIRA暫定派(プロヴォ)が武装放棄、内戦終結宣言をだした。
 その背景には、イギリスがECに加盟し、ヨーロッパ連合(EU)の一因となったことによって、同じEU加盟国であるアイルランドと北アイルランドの国境が開放され、事実上の一体化が進んだことがあげられる。ところが、2019年、イギリスがEUを離脱することになり、再び国境が封鎖されればIRAのイギリスからの分離、アイルランドとの合一をめざすテロ活動が復活するのではないか、と危惧された。イギリスのEU離脱が簡単にいかなかった理由の最大の懸案であったが、当面現状を維持することで離脱は強行された。しかし、なおも問題の再燃が今も懸念されている。
印 刷
印刷画面へ