印刷 | 通常画面に戻る |

シン=フェイン党

イギリス領であったアイルランドで独立を目指し1905年に結成された民族主義政党。第一次世界大戦中に急進派が武装蜂起して鎮圧された後、1918年の総選挙で躍進、独立を宣言、それを認めないイギリスとの間の英・アイ戦争となった。この党の武装組織がアイルランド共和国軍(IRA)。1921年に講和し、北アイルランドを除いて独立が認められたが、それを受け入れるかどうかで分裂し、激しい内戦となり、党勢は衰えた。

 アイルランドの独立を主張する新聞を発行していたグリフィスが、1905年に結成した。シン=フェインとは「われわれ自身で」という意味のアイルランド語で、17世紀以来イギリスの植民となっていたアイルランドにアイルランド人による国家を樹立することを目指した。その中には穏健な漸進を諮るグループと、独立の実現のためには武力を行使することも辞さない急進派など、幅広い主張を含んでいた。
 イギリス議会ではアイルランド自治法案が自由党のグラッドストンの努力で何度か提案され、ようやく1914年にアイルランド自治法が可決されたが、第一次世界大戦勃発を理由に実施が延期されてしまった。それに対して、アイルランド独立を目指す急進派は、大戦中の1916年2月にイースター蜂起といわれる武装蜂起を行ったが、鎮圧されてしまった。シン=フェイン党は蜂起の中心にいたわけではなかったが、このときのイギリス軍による過剰な弾圧に反発したアイルラン人の支持が急速に集まってきた。
注意 イースター蜂起はシン=フェイン党そのものが起こしたのではなく、中心になっていたのはアイルランド共和主義同盟(IRB)という急進派だった。シン=フェイン党は一部は参加したが、穏健派は加わらなかった。しかし蜂起が派遣されたイギリス軍の容赦ない殺戮で弾圧されると、アイルランドでの反英感情が急激に高まり、シン=フェイン党の独立の主張が広く受け入れられることとなった。

アイルランドの独立宣言とイギリスとの戦争

 1918年に実施された総選挙では、デ=ヴァレラの指導のもと、アイルランド独立を掲げるシン=フェイン党が支持を広げて躍進した。当選した議員はイギリス議会に参加せず、ダブリンで独自に議会を開催、アイルランド共和国の独立を宣言した。イギリスはそれを認めず、軍隊を派遣、アイルランド側も義勇兵を組織してイギリスとの間で独立戦争(英・アイ戦争)が開始された。この1919年にシン=フェイン党の武装組織として作られたのが、アイルランド共和国軍(IRA)である。
 イギリスのロイド=ジョージ挙国一致内閣は、1920年にアイルランド統治法を成立させ、北アイルランドを分離して独立を認めるという妥協案を提示、1921年に講和が成立したことによってアイルランド自由国の独立となった。

シン=フェイン党の分裂

 この妥協案は、カトリック信者の多い居住地域のアイルランドの大部分と、プロテスタントの多い北アイルランドを分断するという、過酷なものであったので、受け入れるかどうかをめぐってシン=フェイン党は分裂してしまい、内戦となった。アイルランド内の流血の悲劇が続いたが、1922年の選挙で受け入れ派が勝利して、アイルランド自由国が成立した。
 しかしデ=ヴァレラは全島独立を主張してアイルランド共和党を結成した。こうして分裂したためシン=フェイン党は勢力が衰え、北アイルランド・カトリック勢力のアイルランド共和軍(IRA)の政治部門として存続するということになった。 → アイルランド問題(20世紀)
印 刷
印刷画面へ